
特攻―空母バンカーヒルと二人のカミカゼ
2010年7月発行
1945年5月11日、沖縄――。
米軍の旗艦バンカーヒルを
戦闘不能に陥れた
2機の零戦による壮絶なる特攻。
その全貌を“日米”当事者への取材で描く
迫真のドキュメンタリー。
動画による紹介
本書の著者マクスウェル・テイラー・ケネディ氏は、ロバート・ケネディ元司法長官の息子であり、ジョン・F・ケネディ元大統領の甥にあたる。現在、ブラウン大学の研究員として海洋史を研究する彼が注目したのが、1945年5月11日に特攻機の突入を受けた、米空母バンカーヒルの物語である。
バンカーヒルは、米海軍の誇るエセックス級の大型空母であり、任務部隊の旗艦をつとめる重要な空母であった。そのバンカーヒルに、菊水六号作戦で突入したのが、第七昭和隊に属する2名の特攻隊員、安則盛三中尉(予備13期)と小川清少尉(予備14期)である。
鹿屋基地を飛び立った安則・小川両機(500キロ通常爆弾搭載の零戦52丙型)による特攻で、バンカーヒル乗員の400名近くが死亡、260名以上が負傷した。本書は、この1945年5月11日の激闘を中心にして、そこに至る経緯、そしてその後を描いた、渾身のノンフィクションである。
本書の内容は、まずこのように紹介される。「著者マクスウェル・テイラー・ケネディは本書で、日本の若き特攻隊員の人生を追うと共に、空母バンカーヒルの乗員たちの知られざる英雄的な行為──水兵とパイロットが力を合わせ、命がけで救助を行い、最終的に艦を守り抜くまでの一部始終──を見事に描き出した。何年にも及ぶ綿密な調査研究と、日米両国の生存者へのインタビューによって、極限の戦いの中でそれぞれの国のために尽くした男たちの真実の姿が今、明らかになる」
そして、著者ケネディ氏は、本書の基本的なスタンスとして、日本の「特攻」に対して、次のように述べている。
「彼らの最後の望みは、未来の日本人が特攻隊の精神を受け継いで、強い心を持ち、苦難に耐えてくれることだった。私たちは、神風特攻隊という存在をただ理解できないと拒絶するのではなく、人々の心を強く引きつけ、尊ばれるような側面もあったのだということを、今こそ理解すべきではないだろうか」
そして、あくまで日米双方の視点でこの戦いを描くべく、多くの元特攻隊員やその家族に、精力的な取材を行っている。その数、優に100人以上。取材のための来日は3度にわたった。
取材に応じた元特攻隊員の多くは海軍予備学生として谷田部基地で訓練を共にした仲間たちである。著者は、彼ら予備学生たちが置かれた立場やその心境を丹念に追いつつ、何が軍部を特攻作戦に駆り立てたのか、隊員たちは、いかにしてそれを受け入れ、実行することができたのかを探ってゆく。
圧巻は、本書のメインである5月11日の突入場面である。これまで、日本側の資料では、特攻における実際の場面を「当事者」の視点で描くことが難しかったが、アメリカ側の詳細な資料と、元乗員たちから集めた数多くのナマの証言を基にした本書は、米兵を震え上がらせた特攻の「実際」を、克明に、そして残酷に描き出している。
当日、まず最初に突入したのは、安則中尉機。バンカーヒル後方から突入し、500キロ爆弾を投下。爆弾は飛行甲板を貫いて左舷側壁を突き抜け、海上で爆発、左舷側に多くの死傷者を出す。次いで機体が突入、甲板上の航空機をなぎ倒しながら横すべりし、そのまま海へと落下した。この突入によって、多数の艦載機が爆発・炎上し、バンカーヒルは大火災を起こす。
安則機の突入に続き、小川少尉機も上空から急降下し、爆弾を投下、その後、自身もアイランド基部に突入した。小川機の放った500キロ爆弾は、飛行甲板とギャラリーデッキを貫いて格納庫で爆発、艦内にさらに大規模な火災を巻き起こした。
また、機体そのものもアイランドを破壊して多くの死傷者を出したが、小川少尉の遺体は、火災に巻き込まれることなく艦上に残り、なんとその遺品は、戦後56年が経った2001年に遺族に返還されることになる。
本書は、「1945年5月11日の特攻」に関する事実を単に列記・記録したものではなく、あたかも一編の映画のように、迫真の人間ドラマとして生々しく「再現」した、戦う男たちの感動の物語である。